公的年金に対する期待と不安 - 冷戦時代の産物としての年金制度

(2010/02/14)

第二次世界大戦後の1947年、マーシャル・プランという経済復興援助計画が、米国の国務長官ジョージ・マーシャル主導によって実施されたことは、知識としては知っていた。しかし、この政策が欧州に与えた本当の影響、意味というのは、果たして考えたこともなかったが・・・春山昇華氏のブログ記事で紹介されているひとつの解釈は、ある意味で驚くべきものだ。

以下、記事の中でとくに印象に残った部分を引用してみたい。春山氏の友人である米国人エコノミストの発言とのことだ。

「年金などに代表される社会福祉制度は、ある意味では東西冷戦の産物であります。当時は、自分の陣営はこんなに暮らしやすい社会だと見せる事が政治的に重要でした。その社会福祉制度が計算上成り立たない仕組みであったとしても、冷戦の間だけでも維持する必要がありました。しかし、もう冷戦が終了し、維持が不可能なものを続けることが政治的に不要となりました。」

・・・もし、ここで紹介されているエコノミストの見方が事実に沿ったものであるならば、西側陣営の一国である日本の年金制度も、風前の灯火ではないだろうか・・・なにしろ、冷戦はとっくの昔に終わっているのだ。

これ、小中学校で社会科の授業で習った話とだいぶ違うね(^ ^;

おそらく、一般的な日本国民であれば、公的年金のシステムというのは、(そのシステムの仕組みの良し悪しは別として)国民のために「よかれと思って」設立された制度だと認識しているんじゃないか。だとしたら、もし、実際の年金制度というものが、冷戦時の政治的な要件として設計されたものなのだとしたら・・・少なくとも自分は、いままでとんでもない認識違いをしているということになる。
もちろん、自分も年金に対する不安は大きいし、たぶん老後になってもほとんど支給されないんじゃないかと漠然と感じているのだけど、年金制度を維持する政治的なプレッシャーがなくなってしまったのであれば、もう本当に期待しちゃいけないのだと思う。

ちなみに、春山氏のブログ記事では、「政治的に不要なものは、経済的に成り立つレベルまで縮小されるか、廃止されます」と結ばれている。現実を冷静にとらえるなら、そのように認識することが、いちばん合理的なのかもしれない・・・。

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